日本の大気汚染に対する取り組み

日本人なら誰でも小学校や中学校で習ってきた内容になりますが、日本にも過去にはさまざまな環境汚染や公害の問題がありました。これらの問題を、少しずつ長い歳月をかけて順番に改善いしていったのです。
1950年代の水俣病や、1960年代の四日市喘息はその有名な公害問題のひとつでしょう。水俣病では、化学工場地帯の工業廃水をそのまま海に流していたため、近隣の海が汚染されており、汚染された生き物を食べた魚の生態系の中で汚染物質が濃縮されていき、高濃度の汚染物質を保有した魚を人間が食べた事で、大きな公害問題となりました。また、四日市喘息では工業地帯の煙突から出た有害物質を多く含んだ排煙を市民が吸い込んだ事が原因で起こった公害事件です。
1972年にはこれらの事を受けて自然環境保護法が設立され、生活環境や自然環境の保全活動がおこなわれるようになりました。その後の1993年には環境基本法が定められ、世界的な環境保全運動なども相まって、現在ではクリーンエネルギーや環境保護の運動に力を入れています。
自動車の一部ディーゼル車の廃止や、ハイブリッドエンジンの開発などで、一昔前までは真っ黒い煙が自動車のマフラーから排出されていましたが、現在ではマフラーの筒径も小さくなり、殆ど肉眼では煙が出ている事がわからないほどまでに改良されました。
日本では、大きな公害やその他致命的な環境問題から着手していき、化学薬品の問題や土壌の問題、生活の安全面など、段階を踏んで今までに環境改善をしてきました。